Live Simply

シンプルに生きたい。ものを手放す過程で気付いたことなどを記録します。

最後の物たちの国で

あおいです。数年ぶりにポールオースターの「最後の物たちの国で」を読み返しました。

 

最近はあまり小説を読まないのですが、好きな作品は何年たってもやっぱり面白いですね。わたしは小説を読むときストーリーはどうでもよくて、文体がつくる空気感とかそういうものに浸るのが好きです。

この物語は物にフォーカスしたお話というわけではないのですが、タイトルどおり最後の物たちしか存在せず新しいものは何ひとつ作られない国を舞台にしています。訳者あとがきの言葉を借りれば、「限りなくゼロに近づいていくことによって何が見えてくるか、(中略)ここではそれが個人を超えて世界全体のレベルで展開されている」そんなお話です。

 

はじめて読んだのは10年以上前、そのころはまだ最小限・最低限で生きることに関心はなかったので、今回は前とはちょっと違う視点で読むことになりました。

ここでは何ごとも最低限で済ませることに慣れなくてはなりません。欲しがる気持ちが弱まれば、より少ないもので満足するようになります。必要とするものが減れば減るほど楽になるのです。この街にいると誰でもそうなってきます。(中略)逃げるすべはありません。何かをするか、しないか、どちらかしかありません。何かをしたとしても、つぎにもう一度できる保証はありません。しなかったなら、もう二度とすることはないでしょう。
何もかもがばらばらに崩れたあと、そこに何が残るかを見きわめること。もしかすると、それこそが一番興味深い問いなのかもしれません。何もなくなってしまったあとに、何が起きるのか。何もなくなったあとに起きることをも、我々は生き抜くことができるのか。
舞台はデストピア。これは現在と、ごく最近の過去についての小説だと作者は言っています。欠乏、崩壊、飢え、疲れ、寒さ、恐怖など暗い描写が続きます。そんな世界を生き延びるための方法として描かれていることが、最近ミニマリスト関連で見聞きしている内容に似ていて驚きました…。この物語の登場人物たちが極限状態にあって自分を守るためにしていること、それが「最低限で生きることに慣れること」と「執着を捨てること」なのです。
一つひとつ、執着を捨てようと僕は努めた。それまで必要だと思っていたものを、全部捨て去ろうと努めた。
なんだかうまく言葉にできないのですが、欲望や執着を捨てるというのは「つらい状況の中で自分を守る方法」のひとつということですよね。ここでは悲惨さの表現としてでてきています。いろんなものを捨てようとしているわたしたちは今そこまで追い詰められているのだろうか?なんて考えてしまいました。違うとも言い切れないのがこわいところですが…。

 

 

 

あとに残るものとは

ネタバレ的なことを書きますが、この作品の最後に残っていたものは愛と仲間と希望です。

わたしはそこまで物も執着も減らしていないので、「自分にとってどうしても捨てられないもの」「最後に残るもの」が何なのか、まだわからずにいます。

ミニマリストを名乗る方は、きっとそれを知ってるのだろうと想像すると、羨ましくなります。

あなたが最後に残したものは何ですか?